軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

日東とニットー


★今月の「鉄道模型趣味」(TMS)誌の小林信夫氏の記事で「ニットー」(日東科学教材)の話がちょろっと出ていますが、プラモファンには「S.F.3.D」で有名なあの日東科学教材なんですよね。日東科学教材 - Wikipediaを見ると詳しく書いてあるのだけれど、鉄道模型の事が一言も書いていないのが残念。小林氏が書かれている5500型蒸機やシングルドライバー、市電(TMS誌の製作記事に出ていたものをそのまま製品化したもの)、そして近鉄ビスタカーなどを出しており、神保町水道橋にお店があったそうです。
個人的には日東科学教材といえば、1980年半ばに出たホンダS800Mの1/24プラモデルが印象深いです。この金型は後に童友社を経てフジミ模型に買い取られましたが、2000年代に出たタミヤのS800よりも特徴を捉えていると断言する人もいる程です。
★ちなみによく混同されますが、東京杉並の西荻にあった「ニットー教材」とは名前が非常に似ているけど別の会社です。こちらのニットー教材はTMSにでかでかと広告を出していたので覚えている方も多いでしょうが、一部のナローゲージ鉄道模型ファンにはモデルワーゲン森川氏が勤務していた事で有名かも。「Far East Weathering Model」のブランドで出ていたHOスケールの便所手洗器なんてものもありました。
私の16番ゲージ鉄道模型ライフ [まぐまぐ!]によれば、鉄道模型の扱いを止めた後、ラジコン専門店として存続していたものの最近閉店・・・との事。
★そういえばTMS増刊「プレイモデル」No.4のニットー教材の広告に、「てつプロ製PS13」というのが一度だけ掲載された事があります。プレイモデルに載っているだけにもちろんNゲージ用。当時はNゲージのパーツなどまだまだ少なく、グリーンマックスの旧国キットを組み立ててもパンタグラフGM純正のオール金属の無骨なもの(同じ物がエンドウのNゲージ製品にも付いていた。当時は嫌いだったが今思えば架線集電に使える貴重なパーツかも・・・)か、関水金属(当時は誰もKATOなんて呼ばなかったのだよ)のPS16とPS101しかなかったのです。そもそも16番だって、当時はPS13はつぼみ堂からしか出ておらず、カツミエンドウやカワイモデルの旧国もみんなPS16で代用していたのですよ。ニットー教材のその広告では、旧国+EF58の前面からのイラストを並べ、その中にPS13を載せたクモニ83が入っていて、それをみて当時小学生だった私はPS13というパンタを知った訳です。
さて、そのてつプロ製PS13ですけど当時売られているのを見た事がありません。ニットー教材に行けばあったのでしょうが、小学生には西荻は遠かったのですよ。一度だけ目撃したのは、当時の関水金属ショールーム(ホビーセンターKATOの前身で、高田馬場にあった)にて。ショールームの「お客様の作品」コーナーに展示してあったグリーンマックスの73系キットを組み立てた作品がPS13パンタを載せており、「あっ、これがてつプロのPS13に違いない!」と思ったのが唯一の目撃体験でした。
ところで「てつプロ」って、ナローゲージサークル「TETSU PRODUCT」だと思うのですが、何でNゲージのPS13パンタなど出したのでしょうか? 87分署-乗工社がプレイモデルの編集・執筆を手掛けたり、DD13の下回りを使うNゲージメタルキットやEF65-500に貼り付けてEF65-1000にする貫通扉パーツ出したりしていたのに影響されたのでしょうか? そもそもてつプロPS13の現物を中古品店やオークションでも見た事ないし、誰も言及していないのは何故なのかしら? もしかして黒歴史・・・

(2008/02/16追記)

私の16番ゲージ鉄道模型ライフ [まぐまぐ!]で、ニットー教材の前にある桃井第三小学校に行かれていた方の貴重なお話が掲載されています。ニットー教材は最初は文房具店で、本当に教材を売っていたのだそうです。

(2008/12/27追記)

日東科学教材近鉄ビスタカー(10100系)ですが、先日発売になった「とれいん」2009年1月号によれば、製造を担当したのは谷川製作所だそうです。16番ハコモノ工作ファンにお馴染みのあの谷川製作所です。

(2013/12/16追記)

以下のブログ記事によれば、ニットー教材はラジコンショップ「BIGS」となった後、2007年12月一杯で閉店したそうです。

以下のブログ記事には店のあった場所の2011年現在での写真や昔の模型工作雑誌の広告が掲載。コメント欄にも多数の方の想い出話が書き込まれていて、「もりこー」さんの書き込みもあります。

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