軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

とれいん1977年2月号を読む

とれいん2月号を買ってきました。表紙をめくるとKATOの広告。「新製品 DD13 発売中」とあります。ついにリニューアルされましたか!
よく見るとショールーム高田馬場に出来たようですね。ホビーセンターKATOはどうなったのかな…
…あれれ、有限会社関水金属って?? さらに右の目次ページを見ると「とれいん No.26」とあります。2月号は2月号でも1977年2月号ではありませんか! 今月はいつもより厚みが薄いなぁと思ったのですが、最新号ではなく昔のとれいんだったのであります。
というわけで、今から34年前の「とれいん」1977年2月号(No.26)を見ていきたいと思います。
★16ページからは「新車紹介」。新製品の紹介コーナーで、京都模型の阪急6300、エンドウのEF81-300、珊瑚のDD14(いずれも16番)などが紹介、ナローではひかり模型の三重交通モニ221タイプが紹介。この製品は北勢線で長く活躍したモニ221を模型化したものですが、窓幅が広く車体長がスケールより長くなっているという製品。同社が出していた尾小屋キハ1などと同じ窓抜きプレス型を使ったのが原因のようです。
シーナリー関連ではブッシュ(Busch)*1草地造りスプレーなるものが紹介されており、メルクリンでお馴染みだった不二商の輸入で1缶1250円(!)。タミヤの情景スプレーと似たようなものです。紹介文では「4色ほどが発売されているが、いずれも色が少し派手すぎるので、後に再着色の必要があろう」「このスプレー1本でびっしり草地を造るとおよそ60cm四方ぐらいしか作れず、非常に高いものにつくので」とあります。とれいんが630円だった時代の1250円…今でいえば2500円とか3000円くらいに相当するのでは!?
★27ページは松本謙一氏の「Pipe Smoking」。「いよいよ第2次レイアウトに…」とのタイトルで、新居でレイアウト作りを台枠から再出発する旨が述べられています。
★その次の28〜29ページは見開きで「拡張工事たけなわのWESTSIDE & SIERRA RAILROAD」。名古屋の古橋正三氏のHO森林鉄道レイアウトの拡張工事中の姿が紹介されています。
★32ページは「煙・けむり 新しい発煙装置の試み」。16番蒸気機関車に組み込んだ送風装置付き発煙装置の記事ですが、作者/筆者は現在ワールド工芸の社長であられる田村宗夫氏。このしばらく後に宮沢模型を通じて発売された発煙装置がワールド工芸の最初の製品で、1980年代前半まではワールド工芸=発煙装置のメーカーという印象が強かったのでありました*2
★35ページは「Old Townのセクション」。本号のパイプスモーキング欄で述べられている新しいレイアウトに組み入れるべく作られたセクションらしく、ストラクチャーは松本謙一・平井憲太郎両氏、シーナリー製作は桟敷正一朗氏、撮影は青柳明氏*3となっています。もちろんアメリカ型HO。カラーによる紹介です。
★40ページには「関水の103系からTKKの8500系」として、関水金属-KATOのNゲージ103系一般型を東急8500に改造した作品が紹介されています。この頃はNゲージは車種が非常に少なく、103系を改造していろいろな電車にする記事が模型誌にしばしば掲載されていました。そういえばとれいん誌は初期はぽちぽちとNゲージを取り上げていたけれど、1980年代は皆無に近くなり(一方で「ナインとれいん」が何号が発行されましたが)、2000年代になって急にNゲージの記事が増えた印象があります。確か松・謙さんがごみ捨て場にNゲージが捨てられていたのを見て激怒?されたのがきっかけでNゲージを取り上げない宣言をされた様な記憶がありますが…*4
★48〜49ページでは「こんなモデルができました」として、複数の作品の写真と簡単な文章が掲載されていますが、その中に松本典久氏の「小さなジオラマと小さなハンドカー」という瓶の中に作られた雪景色の小さなジオラマがあります。この作品は後に朝日新聞から出た「世界の鉄道模型*5という豪華本にも収録されており、そちらの記事で覚えておられる方も多い筈。どうやら奥様に差し上げるプレゼント用のジオラマだったようです。
★51ページは「とれいん雑学帖・三輪トラックの巻」。箱庭亭正助氏*6による記事で、オート三輪の簡単な歴史と写真によるプロトタイプ紹介。文中には「現在走っている三輪トラックのうち、最新のものは昭和45年製ということであり、この種のクルマの耐用年数から考えてあと2〜3年のうちには勇姿も見収めという事になるかもしれません」とあります。オート三輪というと昭和30年代というイメージがありますが、この頃(1977年-昭和52年)は三輪トラックがまだ現役で活躍していた末期であったのです。掲載されている写真はいずれも現役で活躍している自然な姿ばかりで、今となっては貴重なカットかもしれません。
★63ページは成蹊高校鉄道文化研究部の9mmナロー尾小屋鉄道レイアウト。高校の文化祭に出展したもので、1800×450mmのパネル3つを組み合わせたポイントtoポイントのレイアウトです。この頃は若者がナローを手掛けていた時代だったのです。
★67ページは「メルクリンのページ」、この号では「大阪に日本メルクリンクラブが発足」の記事。大阪のデルラインというメルクリン専門店のお客さんが中心となって発足したものだそうで、会員は約80名とあります。
★69ページには「松本正二さんを悼む」として、前年12月に64歳で亡くなった松本正二氏に対する、西尾音吉、酒井喜房両氏による追悼文があります。松本正二氏は戦前から活躍していたモデラーであり、戦後は京都のマツモト模型の店主でありました。その作品は今でもマツモト模型の店頭に展示されているそうです。

★広告をいくつか見てみましょう。
8ページ・ひかり模型の広告は「1/80ナローライン」の大きな文字と共に土運車と無ガイ車の写真が。いずれも台車付キットで2900円。さらに「引続き 無ガイ緩急車、井笠鉄道ホジ12、草軽L電、ディーゼルロコ など続々企画中です」とありますが、いずれも発売される事はありませんでした。
11ページには奄美の広告。新発売の16番小田急2200キットが出ています。この当時こんな新型でも特急でもない私鉄電車が製品化されるのは非常に珍しい事でした。広告中には「N/EF58のギヤーBOXは、準備中ですのでしばらくお待ち下さい」とあります。当時奄美屋はNゲージエッチング板をいくつか出しており、その中にEF58の車体があったのです。しかしこのギヤーBOXは結局出なかった様に思いますが、どうだったのでしょうか?
その下にはロコモデルの広告がありますが、「私鉄、ローカル用の単電柱」(つまり架線柱)というのがイラストで出ています。ロコモデルがストラクチャー関連を出していたとは知りませんでした*7。どなたか現物をお持ちの方はいないでしょうか?
13ページには城山模型の広告。立川駅北口中武デパート4Fにあった模型店・兼メーカーですが、この号では「狭山台店オープン」との広告。西武線入間川駅と入曽駅の間あたりにある、忠実屋狭山台店の1Fにオープンしたとあります。
★最後のページはロコ・インターナショナル(現在はインターナショナルがとれてロコ)のHOeナローの広告。現在も発売されているC型ディーゼル機関車、およびそれを含むトータルセットが出ています。
広告主は輸入総代理店の株式会社ブルマァク・ブルモデル事業部。ウルトラ怪獣のソフビで有名だったあのブルマァクです。ブルマァク鉄道模型の輸入を手掛けていた事はほとんど知られていないのではないでしょうか?
品番4000のセットはC型DL×1、ナベトロ×2、セメント車×2、木枠付き車×2、オープンサイド車×2、運材車×2、194.6R曲線線路×12、104.2mm直線線路×2で10500円。品番4001のセットはC型DL×1、ナベトロ×2、木枠付き車×2、194.6R曲線線路×12、104.2mm直線線路×2で8300円。C型DL単品は品番4150で5300円とあります。品番4000/4001のセットは横長の紙箱に入ったセットですが、機関車と箱絵以外はAHMミニトレインズのセット(最近復刻されたアレ)そっくり。そもそもロコインターナショナルのHOナロートロッコ類はミニトレインズから引き継いだ品でした。
なお、東日本代理店として宮沢模型、西日本代理店として京都模型が記載されており、この問屋2社を通じてロコ社HOeナロー製品は結構あちこちの模型店に流通していたようです。しかしこの年の10月にブルマァクが倒産した為か、その後は1980年代半ばに天賞堂がロコ社の代理店になるまで国内では姿を消していたように記憶しています。(2011/02/11追記。これは少々勘違いでした。文末の追記をご覧下さい)
なお、文春文庫の「マルサン-ブルマァクの仕事」(くらじたかし著)によれば、ブルマァクは創業直後(1969年頃)にNゲージの製品化をもくろんでいた様です。同書164ページに以下のような記述があります。

一方、石田幸太郎は、マルサン商店時代の試作担当、ゴジラ・プラモをマルサン商店に導いた渡辺保男の元を訪れている。パワーパック付きのNゲージの電車を開発するためだったが、残念ながら商品化には至らなかった

マルサン‐ブルマァクの仕事―〓三郎おもちゃ道 (文春文庫)

マルサン‐ブルマァクの仕事―〓三郎おもちゃ道 (文春文庫)

★その隣の裏表紙の裏(表3)は不二商によるメルクリンの広告。「メルクリンとわたし」としてメルクリンファンの方が毎号登場していました。この号に登場されている方は「デパート火災で水を被ったというので安く買ったんですが、今だに全く異常がないのには驚いているんです」と語っています。メルクリンというとこの手の伝説がいろいろとありますが、今のデジタル化された製品だとそうは行かなそうな気がしなくもありません。それはともかく、この頃はメルクリンが日本で最高に人気のあった頃。あちこちのデパートや玩具店で扱われており、NゲージではなくメルクリンHOで鉄道模型に入門する人も多かったのです。
不二商はこの時代、メルクリンの他にレゴブロックの日本代理店も担当していました。

レゴもその後レゴ社の日本現地法人レゴジャパン)に輸入元が移り、メルクリンもいつの間にか不二商が輸入元では無くなりました。
★最後に余談ですが、この頃のとれいんでは1/80 16.5mmに対して製品紹介を除いて特にゲージ表記をしていません。TMSと同じく、何も書いてなければ16番…という暗黙のルールがあった訳です。現代の人からすると奇異に感じますが、製品・作品共に1/80〜1/87 16.5mmが主流で、Nゲージはまだまだ新興のゲージであり、1/87 12mmも製品は存在せず…という時代なので、それで何も問題なかったのでありましょう。
★さてさて、他にも紹介したい記事もありますが、そろそろお開きとさせていただきます。

(2011/2/11追記)

その後調べてみたところ1978年1月号のTMS誌製品の紹介欄にロコHOeのCタンクの紹介が掲載されており、ブルマアク倒産(1977年10月)後もロコのHOe製品は国内で売られていた事が判明。そういえば1980年前後のTMS誌に掲載されていたツクダプラミー*8の広告の中に「ロコ・インターナショナルHOゲージについては下記の2社に卸し業務をお願いしておりますので御用命下さい」として宮沢模型と京都模型の名前が出ています。
しかし、1983〜4年頃の記憶では、ロコインターナショナルのHOe製品は模型店では見かけなかった記憶があります。いつ頃まで取り扱っていたのでしょうか?

(2011/6/5追記)

1977年9月号のTMS誌の宮沢模型の広告に「ROCO international HOe(ナロー9mm)各種車輛入荷発売中」とありました。C型蒸気機関車が品番4100で6600円、C型DLが品番4150で5300円、トロッコ類が1個360円。掲載されている写真を見ると、C型蒸機は後の製品と異なりサイドロッドが省略されずに付いています。

関連するリンク

*1:シーナリー用品や最近ではHO-6.5のトロッコセットを出したあのブッシュです

*2:発煙装置入りのダミーのNゲージB20やB6なんて製品もありました

*3:後にネコ社に移籍され、現在もRMM誌の写真を担当されています

*4:後に、大切にしていた三線式Oゲージを親が勝手に幼稚園に寄付し、模型なんぞ分からない幼稚園児に砂場で遊ばれてぐちゃぐちゃになってしまった…というトラウマ体験を書かれていたのを読んだ時、「あれはそうだったのか!」と納得したのでありました。

*5:とれいんのスタッフが協力していたようで、執筆者も当時のとれいん誌によく出ていた方が中心でした。ナローでは堤一郎氏の九十九里鉄道の記事も出ています

*6:羅須地人鉄道協会の桟敷氏のペンネーム

*7:末期にはエムズコレクション製品の発売元となっていましたが。

*8:ロコ・インターナショナル、モデルパワー、イベールトレインなどのNゲージ製品の輸入・卸をしていた。玩具メーカーツクダの事業部。ツクダはオセロで有名な玩具メーカーでしたが、2003年に倒産。