軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

TMS1967年2月号を読む

明日20日はTMS(鉄道模型趣味)誌の発売日ですが、一足早く2月号をゲットしてきました。表紙は名鉄キハ8000たかやま号。しかしTMSも急に厚さが薄くなりましたね。900号を超えたのでダイエットしたのでしょうか?
うむむ? 表紙の号数を見るとNo.901ではなく、No.225とあります。先月が900号だったから今月は901号の筈では…。
あれ、2月号は2月号でも、今から50年前1967年2月号ではありませんか!
というわけで、丁度半世紀前の鉄道模型趣味(TMS)誌1967年2月号を読んでいきたいと思います。
★表紙に写る16番の名鉄キハ8000は粉川武氏の作品ですが、この号に掲載された作品ではありません。この頃のTMSは、こういった「本文とは関係ありません」的な表紙が時たま見られます(古本で買う時は注意!)。
★表紙をめくると天賞堂の広告。「9mmからライブスティームまで」との文字があり、89mm(3 1/2インチ)ゲージのライブ(米国グレートノーザン鉄道クラスC-1)の試作が完了し展示中とのお知らせと、イタリア・リマ製の9mmゲージ(Nゲージ)が掲載されています。
リマのNゲージはイタリア国鉄E424電気機関車2700円、ボギー客車各種700円の写真が掲載。この号の別のページにある広告で関水金属(KATO)のEF70が2950円ですから、それよりも安かった事になります。
★巻頭記事はなかお・ゆたか氏の「客車をたのしむ」。市販の16番客車製品の修整と室内加工の記事で、青大将客車にナハネを加えてフリー化した編成。「修整」というのは、当時の16番客車製品は組立や仕上げに難があったり*1、窓回りその他の寸法がスケールでなく実感的ではなかったりといったウィークポイントがあり、ディテールアップ以前に「修整」しなければならなかったのです。室内装置として内張りやシートを取り付けていますが、シートも角材から自作。このあたり、16番でもNでも優れたプラ製品の客車(もちろん室内も付いている)がアタリマエに存在する今からすると、隔世の感があります。
★「新しいローカル線・神岡線」はこの半年前の1966(昭和41)年に開通した国鉄神岡線の紹介で、筆者は摂津鉄道でおなじみの坂本衛氏。よって神岡線のシーナリーやストラクチャーをレイアウトモデラーとしての視線で紹介されており、最後には「神岡線をレイアウトする」として、16番のレイアウトプラン(2850×1800mm)まで掲載されています。このプラン、Nゲージにすれば1600×1000mm位になりますから、どなたか作ってみては如何?
しかしこの新しいローカル線も、後に第3セクター神岡鉄道となるも現在は既に廃止。時の流れを感じます。
★その次は「エスカレーターをまたいで列車は走る」とのタイトルで、神戸・三宮の星電社に設置された展示用レイアウトの紹介で、以下の様に記されています。

家庭電化器具を中心として阪神地方の人々に親しまれている神戸・三宮センター街星電社では、昨年11月20日本店ビルの新築開店と同時に、当地方でははじめてともいえる本格的な16番レイアウトを完成させた。鉄道模型をはじめ趣味、レジャーの関係を集めた4階フロアーの中央、上下のエスカレーターがクロスする頭上をまたいが11×3.5mのなかなか大規模なもので、ひかり・こだまや各種の列車を連日運転して人気を集めている

記事によれば、このレイアウトの線路配置の基本及び一部のストラクチャーのデザインは、TMS編集部のなかお・ゆたか氏との事。その関係もあって紹介されたのでしょう。今でこそ家電量販店が鉄道模型やプラモデルを扱うのは珍しくありませんが、その始まりはこの辺りからだったのでしょうか?
星電社は今も健在ですが、現在はヤマダ電機の傘下に入り、三宮の店は「LABI三宮」となっています。Webページをみましたが、今は鉄道模型は扱っていない様ですね。

★その他の記事では、「私のピーコック」は日東科学の5500形キットの加工で、プロポーションから修整を加えた作品の発表。「ライトの磁気点滅装置」はリードスイッチを車輌に取り付け、線路際に立てた磁石の磁気によりライトをON/OFFさせようというもの。今ではDCCがあればライトのON/OFFなど簡単に可能ですが…。「新型電車のメタルサッシとHゴム窓」は、この頃増えてきた未塗装銀色のアルミサッシとHゴムをどう表現するかの記事です。
★連載「ひかりに続く車輌たち」はこの号で2回目。後に1冊にまとめられた「陸蒸気からひかりまで」の続編で、陸蒸気〜と同じく画は片野正巳氏、文は赤井哲朗氏。481・483系、キニ55とキニ16、EF65のひく貨物列車、EF64、ED76が1/150スケールイラストで掲載されています。
★さて、この号にはナローゲージャーには見逃せない記事が掲載されています。「HOn2 1/2の軽便鉄道 祖師谷軽便のレイアウト」と題する記事で、筆者は橋本真氏。前年11月号から4回に渡って連載されてきた記事「HOn2 1/2の軽便鉄道」の最終回で、橋本さんが作られた日本初の本格的ナローレイアウト「祖師谷軽便鉄道」(600×900mm)が掲載されています。
この連載記事は後に「レイアウト・モデリング」に収録されているので、そちらでお読みになった方も多い筈。Tad御大が当時撮影された写真を交えて「祖師谷軽便、そしてあの頃」と題し、ご自身のブログで14回に渡って記事をアップされているので、是非そちらをお読みください。

★当時の状況としては、この2年前の昭和40年に関水金属が9mmゲージ(Nゲージ)製品を発売、同時期に西ドイツ(当時)のエガーバーンのHOナロー9mm製品が国内のデパート等に出回り始めたところ(この頃の状況については、以前に書いておりますのでご覧下さい⇒TMS2月号を読む(後編) - 軽便鉄模アンテナ雑記帳
祖師谷軽便より以前には、和久田恵一氏のコッペル(1/80 9.5mm)、高井薫平氏のなめとこ軌道(1/80 10.5mm)といったナロー作品がTMS誌上で発表されていましたが、本格的なレイアウトまで作った例は皆無に等しかったのです。それに対し、橋本さんはエガーバーンの機関車、関水の線路*2といった既製品を活かして、レイアウトを作り上げた訳です。
Tad御大も書かれていますが、この「祖師谷軽便」は、当時交通博物館で開催された公開運転会に出品され、その運転会での出会いがきっかけとなって「軽便鉄道同好会」が生まれる事になります。そして、軽便鉄道同好会のコアメンバー3名により「さーくる軽」が結成→けむりプロとの合同により「87 precinct」となる→ダックスを製品化→乗工社が設立…という流れとなるのです。
つまり、祖師谷軽便は日本のナローゲージ鉄道模型界におけるビックバンなのであります。
★半世紀後の今、軽便祭などに行けば、すぐれたシーナリーのナローレイアウトをいくつも見る事が出来ますが、それもこれも祖師谷軽便というビックバンがあったからではないか?とつくづく思う今日この頃なのでありました。

*1:この頃はバラキットは殆どなく、キットといっても車体はハンダ付け組立済みの未塗装キットまたは塗装済キットでした。

*2:黒枕木の固定式線路の前の、いわゆる「茶枕木線路」を加工して使用