軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

RM MODELS 2014年1月号

RM MODELS (アールエムモデルス) 2014年 01月号 Vol.221

RM MODELS (アールエムモデルス) 2014年 01月号 Vol.221

今月発売のRM MODELS誌ですが、ネットにアップされた表紙を見ると、第二特集として「今なお生きる三重県の軽便電車」の文字が…。
これは買わねば!と発売日に近所の書店に向かったのですが、何故か先月号が平積みされたまま。仕方なく遠くの本屋まで買いに行く羽目に(文教堂書店しっかりしてくれ!)。
★余談はさておき、目的の特集は「三重のナロー電車たち」のタイトルで、三重交通近鉄ナロー/三岐北勢線の電車のHOナロー作品と実車解説が16ページに渡って掲載されています。ナローとは何か?の解説から始まっているのは初心者向け記事にも力を入れるRMM誌らしいところです。
模型作品はいずれもHOナロー(1/87・9mm)。高橋脩・倉林実両氏によるもので、YAMA模型ペーパーキット/アートプロ/ワールド工芸/アルモデルの近年発売された製品をベースにしたものに加え、いにしえの乗工社のモ200三連接車も。みのるさんの作品はWeb上でも拝見していますが、やはり大きな誌面で大きな写真で見るのは、Webと違った良さがあります。ともあれ、よくまとまり、かつボリュームのある特集なので、軽便電車好きの方は必見です。
★ところで「三重のナロー電車」というタイトルに一瞬「?」と思ったのですが、三重交通から移管されて近鉄特殊狭軌*1になった北勢線内部・八王子線は、北勢線は2003年に三岐鉄道に移管され(既に十年前の話!)、内部・八王子線も公有民営方式への移行が発表されています。「近鉄ナロー」という呼び方はもはや現状にはそぐわないですし、近鉄以前の三重交通、さらには三重鉄道/四日市鉄道/北勢鉄道/松阪鉄道の時代もある訳でして、なかなか適切な呼び方だなぁと感心した次第です。
★ナロー関連では、この他に連載「ヨーロッパ・エクスプレス」がドイツの900ミリナロー・モリー鉄道の編成を紹介。また不定期連載「庭園鉄道はじめました!」で、模型工房クラフトが運営する箱根のガーデンレイルウェイ・カフェ(Gゲージの大規模な庭園鉄道が設置されている)が紹介されています。
★長期連載である「新・鉄道模型考古学N」は京浜急行800形。KATOとマイクロエースNゲージ製品が紹介されていますが、KATOの京急800は同社が初めて出した私鉄車輌(1981年)、しかもキット形態だったのでした。筆者の山下氏は「GMキットが流行り始めていた影響を非常に強く受けたものであり」と解説されていますが、この当時のGMグリーンマックスの存在感は今以上に強かったのです。KATO-関水が日本のNゲージのパイオニアである事は確かですが、Nゲージを盛りたてたのはトミックスやグリーンマックスだったと思います。そして、トミックスの影響でユニトラックが、グリーンマックスの影響で京急800キットが…というように、よきライバルとして関水-KATOの製品展開に影響を与えたのではないでしょうか?
水野良太郎氏による隔月連載「鉄道模型進化論」の中で、「欧米のHOは「モジュールレイアウト」で元気だ」とあります。海外でHOモジュールレイアウトなんて盛んだったかしら?と頭をかしげたのですが、水野先生が言われているのは、集合式レイアウトの事ではなく、エンドレスでないセクション方式のレイアウトなのだ…と気が付きました。今の日本の模型界では、一定の規格に従って各自が作ったモジュールを持ち寄って楽しむもの(集合式レイアウト)を「モジュールレイアウト」と呼ぶ事が一般化していますが、そのような意味で使われている訳では無い様です。
私はあまり海外事情に詳しくないので見落としがあるかもしれませんが、欧米のHOゲージの集合式レイアウトというのをネットや雑誌であまり見た記憶がないですし、日本の集合式レイアウトのお手本となったアメリカのN-TRAKもその名の通りNゲージです。
水野先生の言わんとする所は、エンドレスにこだらずに奥行きも浅くすればよい。DCCやサウンドがあればそれでも楽しめるぞ…という事の様でありますが、少々分かりにくいかなぁと…。
★巻末の方のモデラーズ・フォーラム欄では、ジム・フイッツジェラルド氏の訃報と、初代JAM会長の水沼氏によるお悔みのメッセージが掲載されています。ジムさんはアメリカのNTRAKの会長であり、第1回JAMコンベンションではモジュールと共に来日されています。



1970年代末にNTRAKがTMS(鉄道模型趣味)誌上で紹介され、それをきっかけに日本でもJANTRAKが生まれ、TMSやプレイモデル誌上でJANTRAKモジュールが掲載。それに影響された人達が集合式モジュールを手掛け、さらに路面モジュールが生まれ…というのが集合式モジュールレイアウトの歴史の流れ。全てのルーツはNTRAKであったゆえに、熱心なモジュール派のNゲージャーの皆さんにはショックでありましょう。
水沼さんのメッセージの中の「JAMは当時、本当に国際会議(コンベンション)だったのだ」という言葉が胸を打ちます。

*1:正確には三重交通から分社されて三重電気鉄道になり、それから近鉄に吸収されています。あと特殊狭軌というのは近鉄独自用語で、一般的な呼び方ではありません。