軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人(うかい)の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

Nゲージマガジン50号(雀は電線に三羽止まる)

鉄道模型趣味(TMS)誌増刊Nゲージマガジン」50号が発売になっていたので買ってきました。表紙を見て気がついたのですが、今回でNマガは50号。年2回刊ですから1号が出てから何と25年・・・四半世紀も経ったのですよ。
★ところでAmazonで検索してもNゲージマガジンは扱っていないのですよ。ネットも意外と頼りにならないと言うべきなのでしょうか? それとも営業力か何かの問題なのでしょうか?(2009/12/13追記:その後51号からAmazonでもちゃんと扱うようになりました)
★TMS本誌の方は最近レイアウトの記事が少ないですが、今回のNマガはレイアウトの記事が多いですな。想像ですが、TMS(鉄道模型趣味)本誌の方はコンペ作品の発表や運転会レポート、大量の新製品の紹介等でページに余裕がなくなり、Nゲージレイアウトの記事がNマガに押し出されている→TMSにレイアウトがあまり載らなくなる(レイアウトコンペで応募されるレイアウトの大半はNゲージだから)ということなのかも。
★表紙にもなっている「美吾旅鉄道マテリアル線」はさすがにベテランの方が作られただけに安定した出来ですね。PECOのフレキシブルレールを使っているのも昨今では珍しいかも。今どきの新材料やジオコレシリーズとかは殆ど使われていませんが、印象の良いレイアウトです。基本となるプラン・デザインがしっかりしているからでしょう。
★美吾旅鉄道を「みごろてつどう」と読む事をご存知の方は、Nマガ前身のプレイモデルの5号に掲載された同じ作者の方が作られた小型レイアウトをご存知でしょう。遊びで株券を作ったのが印象的でしたが、パソコンやプリンタなんかまったく無かったあの頃にどうやって作ったのでしょうか? ところで「みごろ」と言う名前は1970年代後半にテレビ朝日で放送されていた「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」という人気番組があって、そこから名づけているのですよ。番組の名前をご存知でない方も、「電線マン」と言えば思い出すかな? 伊東四郎(=ベンジャミン伊東)や小松政夫(=小松の親分)、それにキャンディーズが出てましたね〜。キャンディーズって言っても若い方はご存知ないでしょうが、昭和時代のPerfumeみたいなグループでした。
YouTube 電線マン電線音頭
★TMS本誌のNマガ広告の写真にもなっている下総鉄道講談社のワンテーママガジン「昭和の鉄道模型を作る」を使って作られているとの事ですが、どう見てもキッカケと素材がそれであるだけで、その作りこみは凄いですね。建物も街コレベースなれど、窓枠等を作り直していたりして、一味違うものになっています。「NゲージよりもHOやOの方が大きいから作りこめる」というのが一般的認識のようですが、最近は器用な人が多いせいか、必ずしもそうでは無くなってきた気がします。
「天空の大鉄橋を組み込んだレイアウト」は、カーブしたトラス橋や4重構造の地形など奇想天外で、昔のTMS特集シリーズに出てくるような自由闊達なレイアウトを思い出させます。こういうのはナローのお家芸だったような気もするのですが・・・。
★そういえば、Nゲージマガジンのロゴは確か木村一男氏のデザインになるものでしたね。木村氏は有名な工業デザイナーであると共に鉄道模型ファンであり、40年ほど前のTMS誌の対談シリーズでエガーバーンについて語っていた筈・・・実はその号を持っておらず、記事も見ていないのです。何号なのかご存知の方はご教示下さいませませ。っていうか誰か貸してくだされ
(2008/12/21追記:上記の記事はTMS1969年1月号(247号)掲載のTMS対談シリーズ(4)「マイワールドでいこう!」である事が判明しました。コメント欄でご教示頂きました皆様、ありがとうございました。)
実物にも詳しい方なら、木村氏が新幹線やJR西日本の「はるか」等のデザインに関与した事をご存知でしょうが、日産自動車在籍時代に初代シルビア、初代サニークーペなどのデザインをされたとの事。
★ここで「えっ。初代シルビアってゲルツとかいう外国人デザイナーがデザインしたんだろ!」と思う方もいるかもしれません。木村氏がデザインしたものを、当時日産のデザイン顧問だったアルブレヒト・ゲルツが指導・修整したというのが事実のようです。詳しく知りたい方は以下のブログを読まれると良いでしょう。


▲これが初代シルビア。
★というわけで、全然Nマガと関係ない話になってきたので、そろそろお開きに致します。そもそも軽便鉄模ブログのはずが何でNゲージなんだよと言われると困りますが、レイアウトの記事が一杯だったので取り上げた次第。