軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

何で日本のナローは1/87なのか

何で日本の9ミリナロー製品(の大半)が1/80でなくて1/87なのかですが…
理由は乗工社がそうだったから」でしょう。

乗工社という存在の大きさ

現在HOナロー9ミリ製品を出している主なメーカー、ワールド工芸、モデルワーゲン、アルモデルは、いずれもナローに参入したのは1990年代後半以降なのです。津川洋行(今はナロー製品は出していませんが)もナローを手掛けたのは1990年代末。杉山模型は輸出向けは1970年代から製造していましたが、国内ナローファン向け製品を主とするようになったのは2000年頃から。それ以前はナロー=乗工社と言っても過言ではなかったのです。
乗工社はその活動期間の1975年から2000年までの間(途中7〜8年程日本向け製品の空白時期こそありましたが)、ナローの世界では圧倒的なシェアを誇っており、2000年の廃業後もしばらくは市場在庫がアチコチにありました。すなわち1970年代後半から1990年代一杯の間、日本市場で販売されたナロー9ミリ車輌の大半が乗工社=1/87であり、後発他社がそれに合わせたであろう事は容易に想像できます。モデルワーゲンは創業当初は1/87 12mmゲージ製品を主としており、ナローに関して1/87を採用したのは当然でありますが、ワールド工芸はNゲージを主としながら1/80・16.5mmも1/87・12mm、さらには1/120・9mmまで出しているメーカー、つまりある一定の需要があればどんなゲージも手掛ける方針でしょうし、アルモデルに至っては本線物は1/80・16.5mmなのにナローは1/87・9mm。つまり16番とナローでは対象とする顧客が殆ど重なっていないのではないでしょうか?
ナロー製品に1/80スケールを採用したメーカーはしなのマイクロ、いさみや、ひかり模型、オレンジカンパニーがありましたが、しなのマイクロはNゲージ電車粗製乱造が祟ってか倒産、いさみやのナローは下回りに使うNゲージ小型車の生産中止により、雨宮Cタンクホワイトメタルキット以降が続かず、ひかり模型も1980年代半ば以降はナロー新製品はなく、オレンジカンパニーは色々とこだわった製品なので、作り易さや価格の面で乗工社製品程ポピュラーにはなりませんでした。また、イギリスPECOのOO9(1/76 9mmナロー)の蒸気機関車ホワイトメタルキットも下回りとなるNゲージ蒸気機関車製品の入手難等もあり、1980年代末には事実上役目を終えていたと言えます。

ゲージ論的にではなく、現実路線としての1/87

周囲のナローファンを見渡してみると
1)16番も12ミリもやってません。ナローひと筋!(専業派)
2)プラ16番とかも持っているけど、それとナローとは別でしょ別。(別腹派)
3)本線物はNゲージ、ナローはHOナロー9ミリ。同じ9ミリゲージの線路で遊べるよ。(マルチスケール・ユニゲージ派)
4)ナローが1/87なので、本線物も1/87・12mmにしてます。でもナローがメインだよ(本線添え物派)
5)9ミリナローと16番を共存させているけど、ぶっちゃけ縮尺は1/76〜1/87の間であればオッケー(こだわらない派)
6)以前は1/80でやってたけど、製品の主流が1/87になったからね〜。どうせナロー専業だし(現実派)
…というような状態でして、別に1/87でも構わないという人が多い感じです。かといって「本当のHOは1/87。全て1/87スケールで統一するべし。1/80はHOではありません!!」みたいなゴリゴリな方もいないのですよね。
そのような訳で、メーカー側もファン側も明確な主義主張の元にではなく、現実的消極的?に1/87…というのが現在の実情だと思います。

何で乗工社は1/87だったのか?

そうなると、「何で日本のナローは1/87なのか」を問う事は、「何で乗工社のナローは1/87なのか」を問う事になります。
乗工社の源流をたどると、日本のナロー製品を変えた「ダックス」(珊瑚模型店発売)に行きつきます。1973年に発売されたこの製品は、アマチュア鉄道模型グループ「87.PRECINCT(87分署)」が企画・設計したものであり、鉄道模型趣味(TMS)誌に一年間に渡り「the DACHS STORY」と題して連載記事が掲載されました。

このダックスは日本初の本格的9ミリナロー製品であり、かつ1/87スケールを採用していました。発売元であった珊瑚模型店はダックス以前にも沼尻鉄道等の車輌の1/80スケールのエッチング板(窓抜き等もされていない素材的なもの)を発売していましたが、ダックスの発売以後、改めて本格的なキットとして発売された製品からは1/87スケールに切り替えられています。
そして、87分署メンバーにより1974年に創業されたのが「乗工社」であり、その後四半世紀に渡って日本型1/87ナロー製品を供給する事になるのです。
87分署はなぜ1/87を日本型ナローの縮尺に採用したのか、その理由はダックスストーリーの最終回に記されています。

最後に我々がHO 3.5mmスケール・1/87を採用した理由について言及しておきます。16番との対比における16番ナローという考え方は、16番の正しい認識からすれば論理的に矛盾しております。16番はその誕生において標準軌からナローまでを統合した結果1/80を採用したもので、軽便といえども16.5mmゲージ1/80とするのが建前と思います。従って我々はナローをスケールでやる以上は16番と一線を画すべきだと考える次第であります。
鉄道模型趣味1973年12月号(No.306)「the DACHS STORY(8)」より)

個人的には「16番はその誕生において標準軌からナローまでを統合した結果1/80を採用」というのは納得しかねます。「16番」の規格を定めた際、軽便鉄道の事まで考慮には入れていなかったのではと思うのです*1。大柄なアメリカ型標準軌車輌、小柄なイギリス型標準軌車輌、その真ん中位の大きさの日本型狭軌標準軌車輌、当時「外地」であった満鉄・鮮鉄のアメリカ型並みの標準軌車輌、そして将来登場するであろう「弾丸列車」(のちに新幹線として結実する)…あたりまでを統合した結果、日本型の標準的な車輌(今でいう在来線)を1/80に定めたのであって、軽便であれば16.5mmゲージ1/70位にしてバランスを取ることこそ「建前」ではないでしょうか?
…と、40年以上前の記事への個人的な意見はさておき、まだ日本型ナロー製品がほとんど無かった当時、日本のナローの縮尺をどうするかはファンの間で相当に悩みや議論があったようで、1966年の「祖師谷軽便」の連載記事でも、その冒頭で日本型ナローのゲージとスケールをどうするかについて誌面が割かれています。
ともあれ87分署、そしてその製品化活動を引き継いだ乗工社は、上記のような理由で1/87を採用した訳です。
87分署によるダックスプロジェクト、及び初期の乗工社は、日本型ナロー製品がいつまで経っても出ないから自分たちで製品をプロデュースし、メーカーを立ち上げた…という意味合いが強かったと思います。商売としてナロー製品を出した訳ではないので、理想論として1/87を採用したのでしょうし、そもそも日本型ナロー機関車製品第一号のプロトタイプに「ダックス」を選ぶ事自体*2、一般の商業メーカーでは考えられない行為であります。

本当の問題は1/80vs1/87ではない

さて、こうやってつれづれと書き連ねたのは、日本型16番や1/80・13mmファンの方が「何でナローは1/87なんだ?」という疑問を口にされているor書かれているのを、聞いたり読んだりする事があるからなのです。そういった疑問の裏には「1/87だと小さ過ぎる」という不満があると推察しているのでありますが、ワタシが思うに、1/87だから小さ過ぎるのではなく、問題は別にあると思うのですよ。
そりゃもちろん、同じ車輌を1/87と1/80で作って比べれば、1/87の方が小さくなりますけれど。
(つづく)
続きはこちら→今のナローが小さい?理由 - 軽便鉄模アンテナ雑記帳

*1:赤井哲朗氏はTMS57号(のち「高級モデルノート」に収録)の「ナローゲージモデルについて」において、「過去の日本模型界でナローゲージ・モデルが発達しなかった理由」の一つとして「あれほどゲージ論が模型誌上を賑わせ乍ら、遂にナローゲージの事を書いた人が現われなかったこと」と書かれています。ちなみにこの記事の時点での「過去」とは戦前〜戦時中の事です

*2:ダックスのプロトタイプはブラジルの鉄道にいたボールドウィン製機関車で、日本には輸入されていない形