軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

私の1号機(乗工社パワーユニットを偲ぶ)

★「作業部日誌V3」にて、長者丸氏が1号機について熱く語っていますね(作業部日誌V3 ウチの1号機ものがたり【1】)。「庶茂内・雑記」でもみのるさんが語っておられます(私の1号機関車とは?: 庶茂内・雑記)。
という訳で、今回は私の1号機について徒然なるままに記してみたい。
★私のナロー1号機は何だったのだろう? 最初に手掛けたナロー車輌はペーパーで作った井笠ジ1タイプの単端。時期は1983(昭和58)年の夏だったと思う。保育社カラーブックス「軽便鉄道」の巻末に掲載されていた1/160のスケールイラストを基にでっち上げた。車体は文房具屋で買ったケント紙。屋根は3ミリ厚の板・・・たしかHO用床板だったような・・・。マメラッカーのサフェーサーで下塗りし、当時出たばかりだったグンゼ水性ホビーカラーを筆塗りしてとりあえず車体は完成した。しかしボンネットをどうするかで悩んで中断。下回りはポケットライン動力ユニットを使うつもりだったが、完成しないまま今でも実家の押入れに仕舞われている。
★次に作ったのはKATOポケットラインの「チビ凸」をナロー化した凸電。元のキャブを取り外し、プラ板で作ったキャブをかぶせ、エンドウのPS16パンタをのっけて完成した。これは現存しない。この頃にはナロー化のネタとして親しまれていたトミーのNゲージKSKタイプCタンクC型ディーゼルは絶版になっており、使えるNゲージ下回りは登場直後のKATOポケットラインシリーズしかなかったのである。
★その次はちゃんとした?ナロー製品が欲しくなり、手を出したのがお馴染み乗工社パワーユニットシリーズであった。

▲上の写真に写る薄汚れた白箱は、今を去る事四半世紀前に私が最初に買ったナロー製品である乗工社の「酒井型DLキット」の箱である。経年変化で剥がれかけた値札はホクトモデルのもの。フタの裏に鉛筆で「昭和58年12月4日」と書いてあった。手前に散らばる残骸がその酒井型DLのものである。車体は組立に失敗し、動力も走らせる事が出来ずに終わったのだが、その無念さ故に捨てられずに残してあったのだ。
箱の上に乗るのは乗工社の酒井型DLとポーター亀の子。その手前はロコインターナショナルのDL。さらに手前はPECOバリキット(下回りはミニトリックスT3)。ロコインターのDLは1984〜5年だったか、天賞堂がロコの代理店となった頃に購入した1台。酒井型も亀の子も上手く走らせる事が出来ず、「ちゃんと走るナロー機関車は無いのか?」と悲しみにくれていたところ、TMSの広告で輸入されたのを知り、銀座まではるばる買いに行ったのだ。当時7200円だったかで、KATOのNゲージC62とほぼ同じ値段だったと記憶。天賞堂の店内をぐるぐる回りながら、買おうか買うまいか2時間位迷っていた記憶がある。欲しいのは山々だったが、7200円は当時の私にとっては物凄い大金だったのだ。しかし良く走るロコで、買って良かったとつくづく思った。
バリキットについては以前思い出話を書いた事があるので、そちらをご覧頂きたい→PECOバリキットの思い出 - 軽便鉄模アンテナ雑記帳

▲このポーター亀の子は酒井型DLの次に購入したもので、当鉄道の1号機。といっても後から1号の番号を振ったのだが、当社に残る最古の機関車であるからまんざら嘘という訳でもない。購入直後に完成させるもキャラメルモーター仕様の動力は上手く走らなかった。今思えばギアが固過ぎ、さらには集電ブラシも圧力が強過ぎたのだろう。そんな訳で未塗装状態のまま机の上で放置される事数年。1990年代に入り乗工社が日本型復活した後に、キドマイティ仕様のパワーユニットPU101が分売されたので下回りを丸ごと交換し、塗装してナンバープレートを取り付けて完成と相成った。ちなみに塗装はMrカラーのイスラエル空軍色か何かを筆塗りしたが、なぜか妙に上手く塗れた。屋根は後にアサヒペンのスエード調塗料を吹き重ねてある。長者丸氏の亀の子はボイラー等が黒メッキだったというが、私の買ったものは真鍮の地のままだった。

▲通称「ヤスザカイ」こと酒井型DLは1990年代に再度購入。今度は無事に完成した。そもそも何でこんな簡単なキットを組立に失敗したのか良く分からないが、多分接着剤で組めば良いものを意気がってハンダ付けで組もうとしてグチャグチャになってしまったのだと思う。それはさておき、キャラメルモーター時代のものは台枠がドロップ製(上手くハンダ付け出来ずに泣いた)だったが、キドマイティ仕様になってからはホワイトメタルに変わっていた。
先行して発売された加藤型DLと台枠等のパーツを共用しているが、酒井型DLは入門用として設定されていたのか、加藤型DLの定価6000円に対して定価4800円であった(いずれもキット)。関水金属(当時はKATOなんて誰も呼ばなかった)のNゲージEF65/EF70が4500円だった時代である。酒井型DL/加藤型DLは今見るとかなりのオーバースケールで、軽便祭の時にカゼノタニキドーに乱入した加藤型DLを見たナガウラさんは「こんな大きかったのか!」と絶句されていた。当時一般に入手できる最小のモーターであったマブチのキャラメルモーターを使用する関係上、これ以上大きさを小さく出来なかったのだろう。しかしこの位の大きさの方が心地よい気がするのは贔屓目か?
昨年、IMONミニモーター+ミニモーター取り付け板+新型の集電ブラシ(ベリリウム銅)に交換したところ、非常によく走るようになり、積年の恨みを晴らす事が出来た(大げさな・・・)。しかし最初の酒井型DLを買ったホクトモデルは今は無く、いろいろお世話になったホクトモデルのおじさんもあの世に旅立たれてしまった。ご承知の通り乗工社も消えて久しい。諸行無常を感じるばかりである。