軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

第12回国際鉄道模型コンベンション(JAM2011)の個人的リポート(その5・伝説のカステラ箱登場!)


★今回のJAMでは、NGJブースに大物ゲストレイアウト(もの自体は小さいですが)が登場しました。一見ただのカステラ箱ですが…

箱を開けると、そこにはHOナローのミニレイアウトが作られているのです。
これこそ、創刊まもない頃のとれいん誌1975年2月号(通巻2号)に掲載され、一部ナローゲージャーの間で伝説となっている松本典久氏作「カステラ箱のパイク」であります。
★松本典久さんと言えば、実物・模型の両方で活躍されているフリーランスのジャーナリスト。模型関連では近年DCCの入門書(オーム社刊)を執筆。その分かりやすく実践的な内容は大好評であります。また、成美堂出版の鉄道模型関連のムックやモロ巨匠出演のNHK趣味悠々のテキストなど、入門者向け鉄道模型書籍の執筆・編集でも活躍されています。

DCCで楽しむ鉄道模型

DCCで楽しむ鉄道模型

★一方、1982年に発行された保育社カラーブックス「軽便鉄道*1の筆者であり、昨年(2010年)の軽便鉄道模型祭のプレイベントでも乗工社の沿革について説明されたりと、ナロー関連でも活躍され、大きな影響を与えておられます。
今回のJAMではMP出展の「soundtrackage」(ウェブサイト:http://soundtrackage.com/)に参加されており、当日はDCCサウンドの魅力をアピールされていました。実はそのブースがNGJブースの右隣でありまして、お隣のよしみ(?)で二日目の土曜日からゲスト展示物としてお借りする事が出来たのであります。

▲載せてある車輛はakioriさん作の沼尻ショーティー。レイアウトの寸法は275×185mm。当然の事ながらカーブ半径はR100を切っています。

自分一人の小さな世界を持ち歩く。
 そして 菜の花畑の畦道で
 潮風そよぐ砂浜で
 旅にでかける夜汽車の中で
 チロチロ燃える暖炉の前で
モデラーの楽しみの一つが根を生やす。

とれいん1975年2月号「カステラ箱のレイアウト」の記事は、このような書き出しで始まっています。
Nゲージすらもまだまだ普及していなかった当時*2、このような小さなレイアウトをあちこちに持ち出して楽しむというコンセプトが如何に斬新であり、インパクトがあったか…。この2〜3年後にTMSレイアウトコンテストが開始されますが、ナローの応募作の中にはあきらかにこのカステラ箱パイクにインスパイアされたと思しき作品がありましたし、その影響は直接的・間接的に現代のモデラーも受けていると思うのです。
★今から10年ほど前に発行され、現代のパイク=ミニレイアウトブームの先駆けとなった松井大和氏の名著「箱庭軽便鉄道・パイク」のカラーページでもこの「カステラ箱」は紹介されており、そちらでご覧になった方も多い筈。いわゆる「パイク」(可搬出来るミニレイアウトという意味での)のルーツ的存在であるからこそ、あの本の冒頭カラーページに敬意をもって取り上げられていたのでしょう。

★シーナリーは紙粘土と飲みがらのコーヒーを使用との事。コーヒーはブルーマウンテンを使っていたので停留所の名前が「青山」なのであります。線路は関水金属(KATO)のNゲージ用線路の枕木を間引いたもの。関水の線路といっても今でも売られている黒枕木の固定式線路ではなく、Nゲージ参入当初に発売されたいわゆる茶枕木線路です*3
犬走志ん」2号掲載のインタビューによれば、とれいんに出すより前、中学生時代(1967〜68年頃)に作られた作品との事。*4
★最近ナローでもパイクが花盛りでありますが、そのパイオニア的存在のこの作品。小屋があったりホームがあったり畑があったりと、レイアウトの要素がうまく詰め込まれていて見応えがあります。また、エンドレス自体も台枠(というより箱か…)のフチとは並行にせず、斜めになっているのもミソです。草木の材料も鉛筆削りのカスやライケンなどの古典的な材料(製作からとれいんに発表されるまでの間に、友人の桟敷正一朗氏により手が加えられているとの事)ですが、なかなかに実感的で感じが良いのです。最近の新材料や新技法…シルフローやら電気植毛やらを使っていても、何か物足りない、あるいは散漫な感じを受けるミニレイアウトも多いだけに、いろいろ考えさせられます。

★最後になりますが、今回貴重な作品をこうして快くお貸し頂いた松本典久さんに、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました!

*1:保育社カラーブックスは当時どこの書店でも扱っており、価格も年少者のお小遣いで買えるレベル。さらにこの本は1960年代まで残存した日本の軽便が一通り取り上げられ、またとない入門書となっていた。したがってこの本で実物の軽便/ナローを勉強した昭和40年代生まれの「間に合わなかった」世代も多かった。後にTMS誌で「軽便探訪」として連載される事になる新井清彦氏のカラー写真が多数使われていたのもポイント。

*2:しかもその頃のNゲージは大型車をゆったりと走らす為のゲージであり、小型レイアウトといってもせいぜい900×600のデスクトップサイズ。

*3:関水金属の初期線路システムについてはRMM誌130号「紀元前N世紀」第5回参照。もしくはこちら→関水vsアトラス?(KATOの固定式線路について) - 軽便鉄模アンテナ雑記帳

*4:9ミリナローのパイオニアである西独・エガーバーン製品の日本への輸入開始が1965年頃、関水-KATOのNゲージ製品発売が1965年秋、日本の9ミリナローレイアウトのパイオニアである橋本真氏の「祖師谷軽便」がTMSに発表されたのが1966年。時系列でみると1967〜68頃にこういった作品を作られていた(しかも中学生で)というのは相当に先鋭的かつ凄い事なのです。