軽便鉄模アンテナ雑記帳

軽便鉄模アンテナ管理人(うかい)の雑記帳です。ナローゲージ鉄道模型の話題が主

「パイク」のルーツ?

パイクってなんだ?

★先日偶然、「yahoo知恵袋」で以下のような質問を見つけました。

この質問に対する回答として、以下のように書かれています。

定かではありませんが、こういう記事を見つけました。

以下引用
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余りに小さいために市販されている枕木一体型のレールは殆ど使えず、自分でレールを曲げて、並べた枕木にスパイク(小釘)で一本一本固定
して作らなければならなかったのでこの名が付いたといわれる。

・・・これを読んだ途端、脱力しました(苦笑)。スパイクするから「パイク」ですか・・・
でもって検索してみた結果、回答者の方が引用された「こういう記事」の掲載されているページ(個人のWebページ)も見つけたのですが、リンクするのは止めておきます。自信満々と「この名が付いたといわれる」と書いてましたけど(だからこそ知恵袋回答者の方も信用して引用してしまったのでしょう)、一体どこでそんな事を知ったのか?? 謎ですね。

パイク=小型レイアウトではない?!

★さて、しばらく前の話になりますが、TMS(鉄道模型趣味)誌2009年9月号で、「レイアウトとパイクは同意語」という話がありました。これを読んで意外に思ったり、びっくりした人もいるのではないかと思います。現在の日本の鉄道模型界、特にネット上では、箱庭的な超小型レイアウト=パイクという呼び方がすっかり定着しているからです。
★TMS誌13号(昭和24年6月)のミキスト欄で、山崎喜陽氏は以下のように書いています。

★Pike パイクと云うのは通行税をとり立てる道と云うことだが、今は道路とか鉄道の意味に使われている。そしてモデルではレイアウトまたは模型鉄道などと云うより一段軽い感じの言葉である。

おそらくこれが、一般のモデラー鉄道模型用語としての「パイク」という言葉が紹介された最初だったのではないかと思われます。
★英和辞書などを見ると「pike」は「turnpikeの短縮形」とあります。関東近辺の方なら「箱根ターンパイク」をまず連想するでしょう。この「ターンパイク」の語源や歴史については、以下のページに詳しくかつ判りやすく書かれています。
-http://homepage2.nifty.com/tollroad/neo.tollroad.html(有料道路研究センター)(2010/04/18追記:URLが変わった模様です。↓以下のリンクでどうぞ)
-http://homepage2.nifty.com/tollroad/rev.tollroad.html(有料道路研究センター)-Untitled Page(有料道路研究センター)
イギリスで17世紀後半から作られた有料道路が「ターンパイク」で、料金を払うと料金所の番人が槍(pike)を上げて(turn)通したからturn pikeと呼ばれるようになったとの事。現在の日本の高速道路でもETCシステムのバーがありますが、アレと同じですな。でもって、ターンパイクはイギリスから植民地であったアメリカにも伝わったという訳です。
★ところでTMS誌に関して言えば、最近まで誌上で「パイク」という呼び方はあまり使っていなかったのです。昭和20〜30年代には少々使われているものの、その後は基本的に「レイアウト」「小型レイアウト」という書き方でした。とれいん誌では創刊当初(1975年創刊)より時たま使われていたような記憶がありますが、今の様に超小型レイアウトを指して「パイク」としていた訳では無かったと思います。
私の個人的印象および記憶としては、「パイク」という言葉はオールドファンや昔かたぎの趣味人が使っているような印象がありました。で、比較的小型のレイアウトはパイクと呼ぶと似合う?けど、大きなレイアウトはパイクと呼ぶとなんか違う・・・みたいな感覚がありました。
★むしろ、超小型レイアウトを指して「パイク」と呼ぶのは、雑誌ではなくネット上で広がったように感じます。そしてその発火点となったのは、1999年7月に出た松井大和氏の名著「箱庭鉄道模型 パイク」(誠文堂新光社刊)でしょう。

箱庭鉄道模型 パイク (つくるブックス)

箱庭鉄道模型 パイク (つくるブックス)

同書の中で松井さんは以下のように書かれています。

一方日本では固定式よりも移動式の方が一般的なこともあり、大きさや形式に関係なくすべてをまとめてレイアウトと呼ぶのが普通でした。ただし初めから持ち運ぶことを前提とした小型のレイアウトや折り畳み式のものをパイクと表記したものもあり、この本では勉強机の上などに置けるくらいのサイズのものをパイクと呼ぶことにします。
(21ページ)

★「箱庭鉄道模型 パイク」は発行当初より玄人筋にも高く評価されていたものの、2000年代になってネット上で紹介される事により、一般モデラーに広く知られるようになったような印象もあります。
またこの本に影響された超小型レイアウトがネット上で複数発表される事により、さらに多くの人に超小型レイアウトとその魅力が伝わっていった様に思えます。
2003年の鉄道模型ショウ(松屋でのNゲージショウ)に展示されたH.Kuma氏の東葛貨物線もその一つ。2002年に「箱庭鉄道・パイクを作るゾ!」として記事がアップされましたが、1990年代からの老舗のサイトでしたし、当時はブログが一般化する以前でネット上の鉄道模型に関するコンテンツも少なかった時代ですので、多くのモデラーの目に触れる事になったと思います。
〜箱庭鉄道〜パイクを作るゾ!
Tetsudou Mokei Show 2003

▲H.Kuma氏作のNゲージミニパイク 東葛貨物線(2003年8月・第25回鉄道模型ショウにて撮影)
★2002年にはバンダイよりBトレインショーティーが登場。展示会等に手作りによるサンプルが登場した段階から、フレキシブル線路を使って作ったミニレイアウト上を走行させており、後にKATOの固定式線路と互換性を持つR100の線路(製造はアトラス)も発売されたのはご承知の通り。
さらにその後でトミーテックより鉄道コレクションが登場、これに合わせてTOMIXの線路システムにスーパーミニカーブレール(どう考えてもBトレインショーティーを対象としたものとしか思えない)とミニカーブレールが追加され、超小型レイアウトが誰にでも作れるようになり、現在に至る訳です。

超小型レイアウトとしての「パイク」

ナローゲージ―モデル&ジオラマ (1980年)

ナローゲージ―モデル&ジオラマ (1980年)

ところで、超小型レイアウトを指して「パイク」としたのは、そもそも87分署近辺であったのでは?という話を長者丸氏がTwitter上で指摘しています。
長者丸(諜邪丸/cjm) on Twitter: "@ke_ukai (本邦で)書物の題名に“パイク”と謳ったのはすえ様が初めてだと思うけど、おいらがパイクという語に初めて接したのは、例の横綴じ本(ナローゲージモデル&ジオラマ)でした。"
長者丸(諜邪丸/cjm) on Twitter: "'80年刊行の例の横綴じ本では、すでに“パイク=超小型レイアウト”と定義されていたりする。どうしてこうなった。いつからそうなった。"
1980年に企画室ネコ(現・ネコパブリッシング)より発売された乗工社編・著の「ナローゲージ・モデル&ジオラマ」という横長の本がありました。この本の27ページにある「レイアウトの分類」という表では「超小型レイアウト=パイク」と分類されており、次のページではミニレイアウト「鳴尾鉱業」が鉱山鉄道のパイクとして紹介されているとのこと。*1

▲HOナローゲージミニレイアウト「鳴尾鉱業」(2005年10月の第1回軽便鉄道模型祭・IMONブースにて撮影。画像が汚くて申し訳ないです…)
何でそういう事になったのかは謎ですが、一つ思い当たる事があります。旧TMS特集シリーズ*2のレイアウト関連の本の中で、唯一「パイク」という言葉を記事の題名で使っているのが、「レイアウトガイド」収録の記事「9.5ミリのパイクと機関車」なのです。川端末男氏が製作した9.5ミリゲージ小型レイアウトを沢田〓氏が紹介した記事。Nゲージが登場する以前、16番(HOゲージ)でさえ小型ゲージであるとされていた時代の作品であり、今で言えばZゲージのナローのミニレイアウトを作ったような感覚でしょうか。この印象が深かった故に、超小型レイアウトを「パイク」と呼ぶ事が87分署近辺でのお約束?になったのでしょうか?
ちなみにこの9.5ミリゲージパイク作者の川端末男氏、ベテランのナローゲージャーであれば、木曽のボールドウィンダージリンヒマラヤ鉄道の機関車といった作品をご記憶かと思います。

大いなるパイク

★ところで日本の有料道路でターンパイクを名乗っているのは箱根ターンパイクが唯一。ご存知の方も多いと思いますが、以前は箱根ターンパイク東急グループの企業でした。
第二次世界大戦後、五島慶太率いる東急が「東急ターンパイク」という渋谷から箱根に至る有料高速道路を構想するも、その計画路線の大半が第3京浜や東名高速*3の計画とバッティングする事となり、唯一実現したのが末端部分にあたる箱根ターンパイクだったのです。
この当時は高速道路なんてものは日本に存在しない時代で、そもそも誰が(どこが)高速道路を作るのかも決まっていなかった様です。上でご紹介したページを見ると、1940年にアメリカ初の有料高速道路のペンシルバニア・ターンパイクが開通しています。時期的に見て、東急はこのペンシルバニア・ターンパイクを参考にして、それゆえに「ターンパイク」という名称を付けたのではないでしょうか?
★なお、東急ターンパイク構想については、以下のページに当時東急が作成した資料が発見されたとの話と、その一部が紹介されています。

東急ターンパイク構想について記した文章を見ると、東急電鉄関連という事で鉄道側の見方をする人が書く為なのか「大量輸送には自動車は適してないので鉄道(=すなわち田園都市線)に計画変更・・・」というような事が書かれているのが大半なのですが、上のcar watchの記事などを見るとどうも違う印象を持ちました。戦後すぐの段階では高速道路を誰が作るかが明確ではなかったが、結局、民間ではなく公団で作る事になったので、東急ターンパイクは実現しなかった・・・という事ではないでしょうか?
もし民間が高速道路を作る事となり、東急がその事業者となっていたとしたら、日本では「ハイウェイ」ではなく「パイク」という呼び名の方がメジャーになっていたかもしれません?!
★というわけで、鉄道模型とあんまり関係の無いハナシになってきましたので、そろそろお開きとさせて頂きます。

*1:「鳴尾鉱業」はTMS誌でも写真主体で掲載された事がありますが、その時は「パイク」という言葉は使われていなかったと記憶。

*2:昭和30年代から40年代にかけて、鉄道模型趣味(TMS)誌の記事をジャンル別に再録・編集して発行された本。TMS400号記念に1981〜83年にかけて最終版として増刷された

*3:東名は「東名高速道路」、名神は「名神高速道路」だけど、中央道は「中央自動車道」で「高速」が付いていないって知ってました? 詳しくはこちら→http://autoc-one.jp/word/488250/